家族を亡くした人が通う「遺族外来」 相続争いが「苦しみに追い打ちかける」
家族を失った時、塊になって襲ってくる心の痛みは、簡単に和らぐものではありません。遺族の苦しみに医療の側面から向き合うのが、埼玉医科大学国際医療センター(埼玉県日高市)の精神腫瘍科で「遺族外来」を開設する大西秀樹教授です。大西さんに、家族を失った人が、もう一度日常を取り戻すまでの様子を聞きました。
家族を失った時、塊になって襲ってくる心の痛みは、簡単に和らぐものではありません。遺族の苦しみに医療の側面から向き合うのが、埼玉医科大学国際医療センター(埼玉県日高市)の精神腫瘍科で「遺族外来」を開設する大西秀樹教授です。大西さんに、家族を失った人が、もう一度日常を取り戻すまでの様子を聞きました。
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――2007年に全国で初めて「遺族外来」を開設されました。受診される方はどんな方ですか。
遺族外来は、当院の「包括的がんセンター」内にあるため、患者さんは「がんで家族を亡くした方」を対象にしています。受診する8割が女性です。亡くしたのは「親」や「子」という方もいますが、6割が「配偶者」を亡くした人が占めます。遠くは東北や東海地方から受診に来る人もいます。
――最初に受診する時の患者さんは、どんな様子でしょうか。
愛する人を亡くしてつらいので、この状態をどうにかしたいと考えている方が多いようです。食事や睡眠も十分にとれない方もいます。「うつ病」と診断される人が少なくありません。人が人生で受ける最も強いストレスが「配偶者との死別」です。家族など大切な人を亡くすことは、最も厳しいストレスにさらされる時期といえます。
――最初の受診で、みなさんどんなことを話しますか。
こちらから、まずは亡くなった方について聞きます。いつごろがんが見つかって、どこの病院でどんな治療をしたのか、どんな経過をたどったのか聞きます。どの人も治療経過を非常に詳しく覚えています。死に至るまでの一つひとつのことが強烈な印象として記憶の中に残っているのでしょう。ただ、「亡くした人のことを、話してもいい場所があるんだ」という安心感もあるようです。
――男性の患者さんは少ないようですが、どんなことを話しますか。
男性で多いのは、「がん治療の選択が正しかったかどうかを確認したい」という人です。治療の経過を聞いて、「最期まで十分考えて治療の選択をしましたね」というお話をすると、納得できるようです。誰かに「その選択は間違っていなかった」と言って欲しいという思いがあるようです。
――その頃のつらい症状とは、どんなことでしょうか。
たとえば、財布の中から出てきたスーパーのレシートの日付を見ただけで、「夫はこのとき、まだ生きていた」と思い出して苦しくなるものです。よく座っていた家具、一緒に歩いた町の風景など、目に写る一つひとつを故人と結びつけてしまう「記念日反応」という症状です。誰もが経験することです。
「自分はもう、この状態から抜けられない」と涙ながらに訴える患者さんもいます。私は「愛する人を亡くしたから、そう思うのも当然です。今はいっぱい泣いていいんです」と話します。「いつかよくなる日が来る」などという言葉は絶対に言いません。
――家族を亡くして落ち込んでいると、「それじゃ故人が浮かばれない」と言う人もいます。
故人のことを話したり、苦しい気持ちを吐露したくて、家族や友人に何度も話すのでしょう。そのうちに、聞いている方がどうしてよいか分からなくなり「あなたがいつまでもメソメソしていたら、成仏できないよ」とか、「夫がいなくなったら、私なんかせいせいするわ」などと言ってしまい、遺族側はつらさに追い打ちをかけられます。
――そんなに苦しいさなか、家族は相続の手続きをしなければいけません。
患者さんの中には、相続でもめているという人が少なくありません。家族の争いが悲しみや苦しみに拍車をかけます。
以前、受診していた女性は、亡くなった配偶者との間にお子さんがいませんでした。夫の死後、女性を「○○ちゃん」と呼んでいた義理の父母が「○○さん」と他人行儀に呼ぶようになったそうです。さらに、夫の死亡退職金を渡すよう求められ、非常に苦しんでいました。経済的な先行きの不安は、患者さんのその後の生活にも大きな支障となるので、私が友人の弁護士に相談したケースもあります。
――患者さんの表情に明るい変化を感じる時はどんな時ですか?
人生で最も大切な人をうしなった苦しさから、必死に「生きる道」を探しています。でも、苦しみやもがきは人それぞれで、一定の時間が過ぎれば癒えるというものではありません。診療では、何度も何度も故人の話を聞きます。その中で少しずつ日常を取り戻していく人もいますが、私は「3回忌が終わるまではつらい。むしろ、3年目からスタートすればいい」と話し、遺族が焦らないように伝えています。そのような繰り返しの中で、言葉に変化が出てきます。
以前は、亡くなった人の話をしながら「苦しい」「悲しい」「つらい」としか言わなかった人が、故人と一緒に見た景色に「懐かしい」などと言うようになります。夫を亡くしたある女性は、何度目かの診察で「夜空を見上げていたら『広い宇宙の中で、今も夫と一緒にいる』と気づいたら、楽になれた」と言いました。彼女は今では一人で旅行に行くまでになりました。
人生を積み木にたとえると、積み上げてきたものが「家族の死」とともにバラバラに崩れてしまうのだと思います。がれきのようにバラバラになったピースは、再び時間をかけて積み直しますが、最も大切な「愛する人」のピースが無い状態から組み直すのは、とても難しいことです。
しかし、生活してゆく中で新たに積んだ積み木には新たに身につけた力や知り合った友人など、新しいピースも加わって、再び日常を取り戻していくのだと思います。
――「遺族外来」は積み木を再び積み上げるお手伝いをするところでしょうか。
無理に一緒に積み上げようとはしません。何度も何度も話を聞きながら、患者さん自身が、もう一度ピースを拾って積み上げようとするのを見守ります。「人生は最後まで学び、生きる価値がある」と一緒に考えられるようにしています。こちらから患者さんに伝えるということではありません。患者さんが再び、気づくまで一緒に歩くイメージです。
――他にも、遺族外来を設けている病院はありますか?
神戸赤十字病院の心療内科でも遺族へのサポートに力を入れています。家族をうしなった苦しみは、「誰だってつらい」とか「時間が解決してくれる」という言葉で片付くものではありません。故人を想いながら、その人のことを話しながら時間をかけて支えていける診察室でいたいと考えています。
(記事は2020年3月1日現在の情報に基づいています)