「生前贈与の非課税限度枠の年110万円、お孫さんにあげても、お嫁さんにあげても大丈夫。さらに言うと、赤の他人にあげても大丈夫。だから皆さん・・・あたくしにくれてもいいんですよ」

さいたま市の税理士・公認会計士、石倉英樹さん(46)は、社会人落語家「参遊亭英遊」を名乗り、相続をテーマにした創作落語で、笑いを交えながら、複雑な制度や仕組みを解きほぐして伝えています。落語を始めたきっかけやお客さんの反響、落語と相続との意外な共通点まで、インタビューで語りました。

綾小路きみまろさんにあこがれて・・・

――落語に興味を持ったのはいつからですか。

元々、落語を聴いたり見たりすることはありませんでした。公認会計士として監査法人やコンサルティング会社を経て、2013年に独立して、税理士業務を始めました。その頃、テレビで漫談家の綾小路きみまろさんを知って、あこがれました。毒舌でいじられているお客さんが、5秒に1回は笑っている。あのような場の雰囲気を作りたかった。そのためには、話芸を磨かないといけないことに気づき、落語をやってみようと思いました。

15年の法改正で、相続税の課税対象者が広がったこともあり、税理士としての専門を相続に決めました。税額の計算がメインの法人税や所得税と違い、相続税はお客様と話してどうやって争わずに分けていくかが仕事です。前職のコンサルに近くて、性に合っていると思いました。

落語の勉強を1ミリも仕事に結びつける気はなかったかというと、うそになりますね。お客様は70代が中心。落語は相続のことを分かりやすく伝えるコンテンツとして親和性があると、うっすら考えていました。

――落語はどうやって勉強したのですか。

月1回、東京にある社会人向けの落語教室に通いました。教えてくれたのは三遊亭遊三師匠。笑点に出ている三遊亭小遊三師匠の兄弟子です。最初に覚えたのは古典落語の「子ほめ」でした。師匠の前で披露するのですが、高座って意外と高くて、下手くそで途中でつっかえるけど、やってみると新鮮で気持ちいいじゃんと思いました。通しで覚えた噺は「子ほめ」と「火焰太鼓」の二つ。師匠から「参遊亭英遊」の名前もいただきました。

その時は、落語を仕事に生かそうと考える余裕は無かったです。教室に1年間通いましたが、場数を踏まないとだめかなと思って、介護施設などに行き、ボランティアでひたすら古典落語をやっていました。年間で50~60カ所回り、度胸はつきました。

高座で使っている扇子を持つ石倉英樹さん

ネタは実体験をベースに

――その活動が、相続の落語につながったのですね。

相続に関するセミナーも開いていましたが、参加者に見せるスライドは字も多く、堅苦しくて分かりづらい。柔らかく伝える方法はないだろうかと仲間と話していました。最初は「落語をやっているから、相続もネタで説明すればいい」という軽いノリでした。でも、バランスが難しかったですね。ちゃんと伝えようとすると硬いし、笑いに走りすぎると何だかよく分からない。

頭で考えて作ったネタは、うそっぽくて面白くない。本当にあった出来事をベースに、油絵を塗るように少しずつ膨らまして、今の形にしていきました。相続で相談に来たお客様から「このネタを使っていい」とか、「うちのじいちゃんが亡くなった時に、こんな話があった」と教えてもらうこともありました。相続の社会的ニーズはすごく感じます。ピーク時は年間80回くらい公演していて、最近も広島や京都にまで行きました。

――相続の落語では、どんなネタが受けましたか。

分かりやすいのは「脱税ネタ」です。本当にあった話ですが、生前の相続税対策でお客様の自宅に行き、土地、建物、預金を全部教えてもらいました。「これだけの相続税がかかります」と言ったら、「石倉さん、うちの庭は広いだろ。掘って隠してもばれないよね」と冗談で言われました。

リアルなエピソードとしてはそこまでですが、落語のネタでは「私は税理士なので怒らないといけない」と言って、こう続けます。

「お父さん!やるなら深く掘って下さいね」。

もちろんその後で「掘らないで下さいね。冗談ですから」とフォローしますが・・・。本当の出来事を織り交ぜた方が、聴いている方は自分事化しやすいですよね。

――落語を聴いている人が、関心を持っているテーマは?

最近の法改正についての質問が多いです。昨年、遺言書の財産目録は手書きじゃなくても良くなったことや、20年7月から自筆証書遺言を法務局で管理できるようになることなどです。落語の後に家族信託のセミナーを開くこともありますが、質問はものすごく多いです。「受託者は子どもじゃなくてもいいのか」「子どもが先に死んだらどうするのか」といったものです。

最近は40~50代の参加も増えてきました。みんな長生きになって、亡くなる前に抱えるリスクも高くなっています。実家が売れなくなる空き家問題や、認知症の問題も大きいと思います。今後は家族信託に関する落語を、ストーリー仕立てで1本披露したいなと考えています。

石倉英樹さんは「相続のことを伝えるのに、落語が果たす役割は大きい」と話す(本人提供)

落語も相続も「業の肯定」

――落語と相続問題の共通点はありますか。

落語と相続の相性は抜群です。落語の登場人物を見て、お客さんは「馬鹿だなあ」と笑っているけど、意外とそれは自分の身にも起きているかもしれない。立川談志師匠は、落語を「人間の業の肯定」と言っていました。落語では色々な人間の欲望や感情が出るけど、それを笑って許しちゃうという世界観がある。相続も全く同じで、みんな欲望もぶつけるし、意見も対立するけど、それが人間なんです。

例えば、相続する家が一つで相続人が2人なら、家の評価額と同じだけの現金が無いと、相続人が半分ずつに分けるのは難しい。権利を主張し合うのは自然な流れです。そういう時に、落語を聴いて笑いながら「落語であんな馬鹿な話があったよな。自分も気をつけよう」と思ってもらえるようになればうれしいですね。

――相続の落語で目指しているものは何ですか。

落語の中で「みなさん、自分は死なないと思っているでしょ」と言うと、結構な人が「そんな馬鹿な」と笑います。でも、今日や明日死ぬと思っている人はいなくて、よほど大きな病気をしない限り、相続は非日常で、向き合うのに力が必要です。

相続に関心がある人でも、手続きは分かりづらく言葉も専門的で難しい。「相続の雑誌や書籍を買ってみたけど、難しくて最後まで読めなかった」という声はよく聞きます。

私の今後の役割は、ストーリーと笑いに包んで大切なことを分かりやすく伝えていける「落語」の力を使って、「相続のことで不安が無くなる世の中」を作っていくことです。そんな世界を目指して、今後も高座に上がり続けます。

(記事は2020年3月1日時点の情報に基づいています)