目次

  1. 20代はスポーツ番組のキャスターとして活躍
  2. 子宮筋腫の手術後、腹膜炎で人工肛門に
  3. 『徹子の部屋』で自身の闘病体験を公表
  4. 小児がんの子どもたちの支援や「グリーフケア」を学ぶ
  5. 遺贈寄付は人生を振り返るきっかけにも
  6. 遺贈寄付は“受け取る側”の覚悟にもつながる

――フジテレビの『プロ野球ニュース』のメインキャスターを始め、多くの人気番組で活躍されてきました。

昔から本を朗読したり自分の世界観を言葉にして話したりするのが好きで、小学生の時から卒業文集に「将来の夢はアナウンサー」と書いていました。高校卒業後は、当時国内の大学で唯一放送学科があった日本大学芸術学部に進学しました。大学4年時に就職活動でフジテレビのアナウンサーの選考を受けたところ、思いがけず採用されたんです。

入社2年目からは『プロ野球ニュース』のキャスターを務めました。幼い頃から音楽や読書は好きでしたがスポーツには全く興味がなかったので、上司に告げられた時は「なぜ私なんですか」と聞いてしまいました。それでも12球団の選手名鑑を読み込み、スコアのつけ方やスポーツ原稿の読み方を学ぶなど、準備を重ねて番組に臨んでいましたね。

結婚してフリーランスになった後も、ビートたけしさんの『平成教育委員会』や世界陸上競技選手権の中継番組キャスター、俳優の野際陽子さんとの旅番組など、さまざまな番組に出演させていただきました。

中井美穂さん

――30代後半で大きな病気を経験されたそうですね。

37歳の時、子宮筋腫の手術をして腹膜炎になり、人工肛門での生活となりました。人工肛門とは、大腸の一部をおなかの外に出して作る排泄(はいせつ)口のことです。そこに専用の袋を貼りつけ、便を受け止めます。

人工肛門で生活する人は「オストメイト」と呼ばれます。トイレの回数が増えたり、着られる服に制限が出てきたりすることもあります。当時、旅番組で共演していた野際陽子さんは、そんな私をよく気遣ってくださいました。お手洗い休憩を多めに取ったり、「温泉ロケは私1人で行くから大丈夫」と言ってくださったりと、本当に素敵な方でした。

――がんの啓発活動に参加したきっかけを教えてください。

人工肛門を閉じた後のケアのために通っていた病院の先生が「認定NPO法人キャンサーネットジャパン」の理事で、声を掛けていただいたんです。「啓発セミナーや講座の司会がなかなか見つからない。手を貸してもらえないか」と言われ、お役に立てるならと引き受けました。

最初に司会を務めたのは、2011年の大腸がん啓発セミナーです。その後も何度か司会を務め、オストメイトの方々と話す機会が増えていました。

――活動を続ける中で、心境の変化はありましたか。

人工肛門に対してマイナスイメージを持つ方が少なくないことに気づきました。医師から「人工肛門になる」と告げられた瞬間、ひどく落ち込んでしまう人もいるそうです。しかし、人は排泄しなければ生きていけません。実際、元気に仕事を続けているオストメイトはたくさんいます。

オストメイトのことをもっとよく知ってもらおうと、2016年、『徹子の部屋』に出演して自分の経験を話しました。黒柳徹子さんは事前に私のことを入念に調べ、メモを机いっぱいに広げながら番組を進めてくださいました。人工肛門だったのは1年間だけの私がその経験を話すことにためらいもありましたが、結果としてかなりの反響を得られました。

中井美穂さん

――現在はキャンサーネットジャパンの理事として、小児がんの子どもたちの支援や「グリーフケア」にも力を注いでおられます。

がんの啓発活動を通じて、小児がんの患者さんやそのご家族と出会いました。2022年、「世界小児がん啓発月間」にあたる9月には、神宮球場でヤクルトスワローズのナイターに子どもたちを招待する「ゴールドリボンナイター」を企画しました。目的は二つあります。球場に来た観客に小児がんを知ってもらう活動の“種まき”と、治療中の子どもたちを励ますことです。選手たちにも金色のリストバンドを着けてもらうなど協力を得て、2025年秋までに4回開催しました。

もう一つ力を入れているのが、大切な人を亡くした悲しみに寄り添う「グリーフケア」です。グリーフケアに関わるようになったのは、もともと「死」について学ぶ死生学に興味があったからです。所属事務所の社長の親戚にお坊さんがいて、その方が臨床宗教師としてグリーフケアに取り組んでいると知り、お話を聞きに行くこともしました。

亡くなった方のご家族が悲しみを抱えるのは当然のことですが、医療従事者の方々も日々患者さんの生死に向き合い、心に傷を負っています。それなのに、彼らを支える仕組みがないことに気づき、2024年から医療従事者向けのグリーフサポート講座を始めました。年3~4回、公開講座やセミナーを行い、私は司会やトークを担当しています。

中井美穂さん

――そうやってさまざまな社会的活動に深く関わってきた中井さんが、現在検討しているのが「遺贈寄付」だそうですね。

遺贈寄付は、自分がいなくなった後に、応援したい団体へ財産を託せる仕組みですよね。10年ほど前だったと思いますが、キャンサーネットジャパンで遺贈寄付を受け付けることになった時に知りました。「遺贈って、どんなもの?」と疑問に思い、一般社団法人日本承継寄付協会の代表理事・三浦美樹さんにお話を伺いました。

そこで印象に残っているのは、ある高齢の女性が、自分が通っていた図書館に遺贈寄付をしたお話です。そのお孫さんは「おばあちゃんが寄付した図書館だね」と今でもそこに通っているそうです。ご本人が亡くなった後もその場所が受け継がれ、残ることに感動しました。

また、私たち夫婦には子どもがいません。だからこそ、後に残るお金を子どものように大切な人たちの活動や自分が好きだった世界に、寄付したいと考えています。

中井美穂さん

生きているうちにもできますが、この先、医療や介護にお金がかかることもあるでしょう。今すぐ多くの金額を寄付する勇気は正直ありません。しかし遺贈寄付であれば本人が亡くなってから行うものなので、そういった心配がないのです。

現在、日本の年間相続額は数十兆円規模と推計されていますが、遺贈寄付はその0.1%程度にとどまっているそうです。私自身、遺言書を書くことのハードルは高いと感じています。ただ、新型コロナの流行や災害、認知症になる可能性などもあり先が見えにくい今、自分の“生きた証し”とも言えるお金について、使い方を決めておくといいと思います。

――本人にとって、遺贈寄付にはどんな良い点があるのでしょうか。

「自分のお金を、どんな人たちに残すのか」をはっきりさせることは、今の仕事のやりがいにもつながると感じています。さらに、自分の人生を振り返るのにも役立つでしょう。何にお金を残したいかを考えることで、本当に興味のあることや助けたい活動が見えてくるからです。

私の場合、まずはキャンサーネットジャパン。そして、高校で演劇部に所属していたこともあり、自分の好きな舞台演劇の世界にも何かしらの貢献ができたらと考えています。

――中井さんはNPOの理事として、寄付を受ける側でもあるわけですね。

寄付をいただけるのは本当にありがたいことです。お金をいただく以上、その方たちをがっかりさせるわけにはいきません。「遺贈して良かった」と思っていただけるような活動をしようと自分に言い聞かせ、真剣に、誠実に取り組んでいます。襟を正して、患者さんやご家族、医療従事者の役に立つことに、これからも懸命に取り組んでいきたいと思います。

――最後に、社会貢献を考えている人たちにメッセージをお願いします。

気になる活動や団体があれば、まずは自分で調べてみてください。今はインターネットなどを使って、いくらでも情報を集められます。次に、問い合わせてみることです。実際に一歩動いてみるんです。もし「違うな」と感じたら、そのときは退けばいい。「何だったら自分にできるのか」を考えて行動することが、大切だと思います。

(聞き手=ライター・橋本聡、撮影・瀬谷壮士)

中井美穂さん

中井 美穂(なかい・みほ)

中井美穂さん

フリーアナウンサー・認定NPO法人キャンサーネットジャパン 理事
1965年 米ロサンゼルスで誕生
1987年 日本大学芸術学部卒業、フジテレビ入社
1995年 ヤクルトスワローズ選手の古田敦也氏と結婚、フジテレビ退社
2002年 子宮筋腫手術のあと腹膜炎になり、人工肛門を1年間つける
2011年 認定NPO法人キャンサーネットジャパンの大腸がん啓発セミナーで司会
2018年 キャンサーネットジャパンの理事に就任
2022年 小児がん支援の第1回「ゴールドリボンナイター」開催