目次

  1. 「相続や遺言への関心高めたい」 三者共催の背景と各団体の想い
  2. 相続登記義務化や遺言書作成のポイントを解説
  3. 遺贈寄付のメリットや寄付の方法を紹介
  4. 遺言書作成の実践的な知識・手続きを説明
  5. 遺言書は「大事な人への最後のお手紙」 セミナーを相続について考えるきっかけに

2025年12月6日に愛知県司法書士会館にて、愛知県司法書士会、日本赤十字社愛知県支部、名古屋法務局による「あなたの思いをつなぐ、遺言・相続セミナー&相談会・体験会」が開催されました。セミナーは3部にわたる講義と相談会・体験会による構成でおこなわれました。

本セミナーは、愛知県司法書士会と日本赤十字社愛知県支部が、終活の広がりとともに増加が見込まれる「遺贈寄付」への対応を目的として、2022年度から「遺言・相続セミナー」として共同開催を始めたのがきっかけです。

開催を重ねる中で、参加者アンケートなどから法務局が所管する新たな遺言や相続に関する制度への関心が高いことが分かってきたため、2024年度からは名古屋法務局も主催団体に加わり、「相続登記の義務化」や「自筆証書遺言書保管制度」など、より実務的なテーマを網羅する形に内容を充実。今回で通算4回目の開催となりました。

この三者共催の背景には、市民が抱える相続問題の解消に向けた、各団体の想いがあります。

愛知県司法書士会には相続に関する不安や誤解を持つ市民の声が多く寄せられているそうです。その中には「相続は難しい」「うちの家族は揉めないから大丈夫」といった声が多いそうです。しかし、日々、相続実務にあたっている司法書士からは、相続は事前にトラブルの有無を予測することが難しく、家族が円満であっても手続きの煩雑さや遺産分割で揉める「争族」に発展するリスクは常に存在するという懸念も指摘されています。

同会は「自分の死後に手続きがスムーズに進む」「親族間のトラブルを未然に防ぐ」手段として有効な遺言書の作成を市民に身近に感じてもらい、その作成をサポートすることで、市民が相続という課題に向き合うきっかけを提供したいと考えています。

日本赤十字社愛知県支部では、災害への人道支援などに世間の関心が高まる中で「自分が亡くなった後、財産の一部を社会に役立てたい」という相談や、故人の遺産を支援に活用してほしいというご遺族からの申し出が増加しているそうです。

こうした「未来への想い」を確実に社会貢献へ繋げるためには、遺贈寄付や相続財産寄付の仕組みを正しく理解してもらい、適切に準備をしてもらう必要があり、同支部はセミナーを通じて、遺贈寄付の方法を市民に分かりやすく伝え、ご自身の意思を形にするための選択肢を提供することで、市民の財産の有効活用と人道支援活動の継続に繋げていきたいと考えています。

名古屋法務局が特に問題意識を抱いているのは、所有者不明土地問題の広がりです。この問題の主な原因が相続登記の未了であるため、不動産登記に関する法改正によって2024年4月からは相続登記が義務化。そして2026年4月からは住所・氏名変更登記の義務化が控えています。

同局はこれらの制度変更が多くの市民の生活に関わるにもかかわらず、制度への理解が十分に進んでいない現状を懸念しています。このため、制度の内容について市民の理解が浸透するよう周知徹底を図っています。また、円滑な相続手続きを実現するための環境づくりとして、遺言書の作成を推奨しています。さらに、自筆証書遺言書の紛失・改ざんリスクを解消する「自筆証書遺言書保管制度」の利用を市民に促し、相続をめぐるトラブル防止と所有者不明土地問題の解消を目指しています。

上記のように、愛知県司法書士会、名古屋法務局、日本赤十字社愛知県支部の三者は、相続や遺言に対する市民の関心を高め、市民に寄り添ったテーマで継続的に情報提供を行っていくという強い共通認識を持っています。こうした背景のもと、当日のセミナーでは具体的にどのような講義が行われたのか、その詳しい様子を抜粋で見ていきましょう。

セミナー第1部:遺言・相続の基本(愛知県司法書士会理事 司法書士 杉浦真智子氏)

第1部では、愛知県司法書士会理事である司法書士の杉浦真智子氏が登壇し、「相続や遺言の基礎知識」について講義を行いました。

まず、相続の基礎知識として、相続人の範囲や相続割合、相続の対象となる財産とならない財産、そして相続の方法など、基本的な事項が解説されました。

特に重点的に解説されたのは、2024年4月に始まった相続登記の義務化についてです。相続によって不動産を取得した場合、不動産の所有権を取得したことを知ったときから3年以内に相続登記が義務付けられました。また、遺産分割によって不動産を取得した場合も、遺産分割が成立した日から3年以内に、その内容を踏まえた登記をしなければなりません。杉浦氏は、この義務化のポイントを強調し、期間内に申請できるよう事前の準備をしっかりと行うことを呼びかけました。

次に、遺言書についての講義に移りました。

杉浦氏は、相続をめぐる争いは決して他人事ではなく、遺産の額に関係なく争いは発生すると指摘しました。実際に、2024年の遺産分割調停の申立件数は約1万7000件に上り、家庭裁判所で調停の対象となった遺産の総額は5000万円以下の場合が75%以上を占めたという統計データも示されました。

遺言書を残さないことは、こうした争いのリスクを家族に残すことになりかねません。そのため、遺言書を作成するメリットをしっかり理解し、生前のうちに作成しておくことの重要性が強調されました。

また、実際に遺言書を作成する際の注意事項として、遺留分や特別受益への配慮が挙げられました。これらに配慮を欠いた遺言書を作成すると、内容が不公平になり、かえって家族間の争いにつながる可能性があるため、特に注意が必要とのことです。

そのほか「相続させる」と「遺贈する」といった法律用語の使い分けにも細心の注意が必要であり、法律的に不正確な文言を記載した場合、相続手続きが円滑に進まないなどの不都合が生じる可能性もあると訴えました。

このように、遺言書は作るメリットが大きい一方で、内容や文言を誤るとトラブルの原因となったり、無効となるリスクもあります。杉浦氏は最後に、遺言書に関する司法書士会の相談窓口や司法書士が登記・法律の専門家として相続登記や遺言書について相談に応じてくれることを紹介し、講義を締めくくりました。

セミナー第2部 遺贈・相続財産寄付(日本赤十字社愛知県支部事務局総務部 赤十字会員課長 石川尚平氏)

第2部では、日本赤十字社愛知県支部 事務局総務部 赤十字会員課長の石川尚平氏が登壇し、「日本赤十字社の活動紹介と寄付の活用」をテーマに講義を行いました。

まず、日本赤十字社の活動内容について紹介がありました。日本赤十字社は「日本赤十字社法」に基づき、災害救護、国際活動、医療事業など、社会奉仕に必要な多岐にわたる事業を展開しているとのことで、直近では、2024年1月に発生した能登半島地震の被災地に対し、職員やボランティアの派遣、救援物資の配布などの支援活動を実施したことが報告されました。石川氏ご自身も地震発生直後に被災地に赴いたエピソードが紹介され、赤十字職員の強い使命感が伝わる内容でした。

今後の活動については、子ども・子育て世代の支援、高齢者健康生活支援、多文化共生社会の実現に向けた事業の推進、そして災害時の被災者支援を重点事業領域として活動していくとのことでした。

次に、日本赤十字社では寄付、遺贈寄付、相続財産からの寄付を随時受け付けていることの紹介がありました。

特に相続が関係する「遺贈寄付」について詳しく解説され、日本赤十字社へ遺贈寄付された財産は相続税の課税対象にならないというメリットや、寄付をするのに必要な遺言書作成時の留意事項など、遺贈寄付を行う上での実務的な部分が説明されました。遺言書の内容は、遺贈する財産の換価・換金、遺言執行者の選任、遺留分など、法律的に留意すべき点が多いため、専門家である司法書士に相談することが推奨されるそうです。

最後に、実際に赤十字へ寄付した方や遺贈を行った方の声・体験談が紹介され、寄付による赤十字活動への貢献と、それを確実に行うための遺言書の適切な準備を呼びかけて講義を締めくくりました。

セミナー第3部 自筆証書遺言書保管制度(名古屋法務局民事行政部供託課 遺言書保管官 山田恵美氏)

第3部では、名古屋法務局 民事行政部 供託課 遺言書保管官の山田恵美氏が登壇し、「自筆証書遺言書保管制度」に関する講義が行われました。

山田氏は、自筆証書遺言書の保管制度の概要と、遺言書作成に関する基礎知識について丁寧に説明しました。

特に重点的に解説されたのは、遺言書に添付する財産目録の作成方法です。財産目録は、例外的にパソコンでの作成が認められていますが、その内容は明確に読み取れることが極めて重要だと強調されました。例えば、銀行のキャッシュカードのコピーを貼り付ける場合でも、銀行名や口座番号が鮮明に分かるようコピーを作成するなど、具体的な注意点が示されました。

そのほか、署名や押印の方法、様式やページ数の記載、余白のサイズ、訂正の方法など、自筆証書遺言書を作成する際の細かな注意点も挙げられ、実践的な内容となりました。

次に、作成した遺言書を法務局に保管してもらうための手続きについて解説がありました。保管申請時の申請書の作成・記入方法から、保管にあたっての必要な書類(顔写真付きの身分証明書、住民票の写し、収入印紙など)についても、細かく紹介がありました。最後に、遺言書が保管されて以降の流れや、相続人への通知についても解説がありました。

山田氏は、法務局で配布されているパンフレットや法務省・法務局ウェブサイト内にも自筆証書遺言書保管制度の詳しい解説が記載されていることを紹介し、講義を締めくくりました。

セミナー終了後には、相談会と遺言書作成体験会が開催されました。

遺言書作成体験会では、参加者自身が自宅不動産、預貯金、生命保険の財産を所有していると仮定した上で「この財産を誰にどう残したいか?」を具体的に考えながら遺言書を作成する模擬体験が行われました。

体験会で作成する遺言書に記載する財産の内容などは、体験会用にあらかじめ設定した共通の内容とされていましたが、参加者は、それぞれの親族を思い浮かべながら司法書士や法務局職員などから具体的な助言を受け、熱心に遺言書を作成する工程を体験していました。
体験会の間は、随所で参加者が手を挙げて質問する様子が見られ、参加者の関心の高さがうかがわれました。

体験会の最後に、振り返りの解説が行われました。

不動産や保険の受け取りについて遺言書に記載する際の注意点、遺言書作成時に認知症でないことを証明する方法、遺言書で用いるべき適切な表現や不適切な表現の実例といった実践的な内容が解説されました。特に、講演でも取り上げられた「相続させる」と「遺贈する」という表現の違いについては、実際に書くときに悩む方が多いとのことで、改めて詳しく解説されました。

参加者に対し、遺言で想いを実現するためには、法律的な側面を踏まえることに加え、希望や財産を正確に、抜け漏れや誤りのないよう、はっきりと明示的に書くことが重要であることが改めて示されました。

遺言書は決まりごとの多いものではありますが、「大事な人への最後のお手紙のようなもの」でもあるというメッセージが伝えられました。実際に作成を検討する際は、専門の相談窓口を利用することが推奨され、体験会は終了しました。

今回のセミナーは専門的かつ実践的な内容で会場では熱心にメモを取る聴衆の姿が見られ、相続や遺言、遺贈寄付といったテーマに対する市民の関心の高まりが強くうかがえました。遺言や遺贈寄付などに関心はあるものの、なかなか最初の一歩を踏み出せないという方は、まずこうしたセミナーへの参加や専門家への相談をきっかけとしてみるのも良いかもしれません。