贈与税の非課税で申告不要な「110万円枠」 証拠を残さないと税務署の指摘も 贈与契約書作成で対策を
暦年課税の贈与は110万円までなら非課税です。ただし、贈与を行うときは、贈与の事実を示す証拠を書面で残しておきましょう。証拠がないと、税務署から生前贈与を否認され相続税を課税される可能性があるからです。暦年課税を活用して110万円贈与をする上での注意点について、元国税専門官のライターが解説します。
暦年課税の贈与は110万円までなら非課税です。ただし、贈与を行うときは、贈与の事実を示す証拠を書面で残しておきましょう。証拠がないと、税務署から生前贈与を否認され相続税を課税される可能性があるからです。暦年課税を活用して110万円贈与をする上での注意点について、元国税専門官のライターが解説します。
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贈与税の申告方式の一つである暦年課税は、もらう人(受贈者)ごとに年間110万円までの贈与が非課税となり、110万円以内であれば申告も不要です。110万円を超えた贈与額については、受贈者に贈与税がかかる仕組みになっています。
この年間110万円の非課税枠は、贈与税だけでなく相続税の節税にも効果があります。たとえば、親から3人の子に、10年間にわたり毎年110万円ずつ贈与をしたとしましょう。すると、年間110万円以内の贈与のため贈与税は非課税です。さらに、親から子に移転した計3300万円の財産は、親の相続時には手元を離れているため、原則として相続税の対象にもなりません。仮に贈与開始時に1億円の遺産があったとして、贈与によって遺産を6700万円に減らすことができるので、相続税も減らすことができます。
ただし、暦年課税の場合、生前贈与をしてから一定期間内に相続が発生すると、その贈与はなかったことにされ、相続税の対象となります。この期間は「3年」だったのですが、2024年1月1日の贈与から「7年」に変更されました。相続税の節税のために生前贈与を行うのであれば、できるだけ早めに行うようにしましょう。
生前贈与によって相続税の節税をするときは、「そもそも贈与が有効に成立しているのか?」という点に注意をしましょう。
民法において、生前贈与が有効に成立するには、あげる人(贈与者)と受贈者、双方の意思が求められます。書類の作成は必須ではなく、「自分の財産を無償で譲る」「はい、受け取ります」という口頭の合意だけで効果が発生します。
しかし、親が「子どもに110万円を贈与した」と思っていても、そのことを子どもが知らなかったり、110万円を引き続き親が管理していたりすると、税務署から「贈与はなかった」「110万円は親の財産(相続税の対象)」と判断される可能性があります。
こうした問題をとくに指摘されやすいのが、「家族名義の預金」です。
相続税調査では一般的に、死亡した被相続人だけでなく相続人の預金口座も調べられます。家族名義の預金であっても、その出所が被相続人と把握されると、「相続財産ではないか?」という疑念をもたれる可能性があります。このときに、「生前贈与でもらった財産である」ということを示すことができれば、相続税は課されません。
生前贈与を適切に行うことは、後の相続税のためにも重要なことなのです。
このため、相続税対策として生前贈与を行うときは、「生前贈与の証拠を残す」ということが必要と考えられます。以下で、どのようなものが生前贈与の証拠になるのかみていきます。
口頭での合意で贈与は成立するものの、証拠を残すためにもっとも確実と考えられるのが、「贈与契約書」です。一般的に、贈与契約書には、贈与者と受贈者それぞれが署名や押印をするため、これをもって贈与の合意があった証拠となるからです。逆に、贈与契約書を作成していなかった場合、仮に税務署の調査が入ったときに、贈与の事実を客観的に証明することが難しくなります。
なお、受益者の利益を守るという面からも、贈与契約書は作成すべきです。口頭での約束だけだと、実際に贈与を行う前に「やっぱりやめる」と自由に解除(撤回)することもできてしまうからです。一方で、贈与契約書を作成すれば、口頭の贈与ではないので自由に撤回できなくなります。
さらに、贈与契約書を交わした後は、その契約どおりに贈与を履行し、その証拠も残しておく必要があります。「現金110万円を贈与する」という契約書だけでは、その110万円が実際に贈与されたかまでは分かりませんから、できるだけ銀行振り込みなどで履歴が残るようにするといいでしょう。
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相続の相談が出来る税理士を探すなお、贈与の事実を証明するために、「あえて贈与税の申告をする」という考え方があります。私も税務職員時代、「贈与額111万円、贈与税額1000円」の贈与税申告書を、毎年数件は目にしていました。
これはおそらく、税務署に対して「生前贈与を行った」と主張するために行っているものと考えられますが、生前贈与の証拠として、贈与税申告書だけでは不十分と考えます。なぜなら、贈与税の申告書は基本的に贈与を受けた受贈者がひとりで作成するものであり、贈与者・受贈者双方の合意を示す証拠にはならないからです。
また、贈与をした親が子どもの代わりに申告手続きをするケースを目にすることもありましたが、「親が勝手に子どもの財産を管理しているのでは」「名義預金があるのではないか」といった余計な疑いをもたれることにもなりかねないため、避けたほうがいいでしょう。
もちろん、何もしないよりは贈与税の申告をしておいたほうが、証拠を残すという意味で望ましいのですが、贈与税申告をする場合も、プラスアルファとして贈与契約書を作り、お金の移動履歴を書面で残しておくことをおすすめします。そして、契約書を2部作成するなどして、贈与者、受贈者の双方で証拠書類を管理するようにしましょう。
最後に、贈与契約を交わす場合であっても、契約のしかたによっては思わぬ税金がかかる可能性があることについて注意喚起をしたいと思います。
次の2つのパターンを比較してみましょう。
上記のいずれも、計1100万円が贈与されるという点は変わりません。しかし、1は贈与税がかかりませんが、2は贈与税がかかります。なぜなら、2は「年間110万円の贈与」ではなく「計1100万円を受け取る権利の贈与」と解釈されてしまうからです。
1のように、毎年贈与を行うことを「連年贈与」といいます。連年贈与の場合、1年ずつの贈与額に基づき贈与税を計算することになります。したがって、毎年110万円の非課税枠を使うことができます。
一方、2は「定期贈与」といい、実際の贈与の履行が年をまたいだとしても、1度にまとめて贈与税の計算がなされるため、贈与額が110万円を超えてしまい納税が必要となります。生前贈与を使って相続税の節税をするときには、このように契約の交わし方にも注意をする必要があるのです。
私が税務職員だった頃に定期贈与の契約書を目にしたことはありませんが、申告書の添付書類や相続税調査の過程で贈与契約書を見るときは、「定期贈与ではないか?」という視点でチェックはしていました。
生前贈与を行う際は、ある程度の方向性を決めながらも、双方の意思決定は毎年、その都度行うようにすると安心です。そういった意味では、贈与額も、あらかじめ「毎年110万円」などと固定せず、その時々の財産などの状況によって変えるほうが自然でしょう。
過去の日付で契約書をつくることはできません。税務署の調査官に発覚すれば、重加算税の対象になる恐れがあります。実際に贈与が行われていた事実があるなら、心配な人は、「過去に渡した現金は、生前贈与であったことを確認する」といった覚書を交わしておくとよいでしょう。
贈与される人が受け取る贈与の金額が年間で合計110万円以内であれば、贈与税はかからないし、申告の必要もありません。ただ、税務署から疑念を持たれた際に贈与契約書があれば証拠になるので、贈与契約書は作っておいた方が安心です。
贈与契約書はあくまで、そのときに行われた贈与の証拠にしかなりません。贈与が1回だけで終わるなら十分ですが、複数回にわたって贈与するのであれば、その都度、作成するほうがよいでしょう。
未成年者への贈与の場合、親権者が贈与契約書にサインすれば証拠となります。受贈者となる子どもの名前の下に、「親権者○○が代筆」と記して下さい。
2024年1月1日から相続時精算課税に110万円以内の非課税枠が新設されました。この非課税枠を使って110万円以内の贈与をする場合も、税務署から否認されないよう贈与の「証拠」を残しておいた方がよいでしょう。
なお相続時精算課税制度とは、60歳以上の父母や祖父母から18歳以上の子や孫に対する贈与について選択できる制度で、事前に税務署に選択届出書の提出が必要です。この制度を選択すると、累計2500万円までの「特別控除」と、年110万円までの「基礎控除」と呼ばれる二つの控除枠を利用できます。いずれの控除も贈与税はかかりません。相続税については、特別控除は相続財産に加える必要があるため対象になります。一方、基礎控除には相続税はかかりません。
暦年課税による生前贈与は年間110万円の非課税枠内であれば申告が不要で、相続税の節税にも効果があります。ただし、適切に行わないと、思わぬ税金が課されるおそれがあります。贈与契約書の作成は、生前贈与の最も確実な証拠となります。生前贈与で迷うことがあれば、早めに税理士などに相談してみてください。
(記事は2024年1月1日時点の情報に基づいています)
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