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「死」をテーマに研究するきっかけは母ちゃんのがん告知と娘の誕生

——田村さんは2019年4月、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科に進まれ、「死者との対話」をテーマに研究し、論文を書かれました。そのきっかけは何だったのでしょうか。

「死」について研究したいと思った一番の理由は、僕の母が肺がんを患ったことです。母は2020年に他界したのですが、がんの告知を受けたタイミングと1人目の娘が生まれたタイミングがほぼ一緒でした。母ちゃんは、看護師をしていたこともあってか、僕が20歳になった時から「私に何かあっても、延命治療しないでくれ」とずっと言い続けてきました。

母ちゃんからそう言われても、僕はずっとピンと来なかったんですけど、母ががんになったという連絡を受けた時にようやく意味がわかりました。家族会議では、母ちゃんの生き方を尊重しようということになりましたが、時間が経つにつれて母ちゃんへの僕らの思いが日に日に切実になり、何らかの形で気持ちを残しておいてもらいたいと考え始めたのがきっかけです。

もう一つの理由は、娘が生まれたことです。この先、僕自身の身に何が起きるかは誰にもわからないので、自分の今の気持ちを伝えたい。そのために何かを残しておくことに早すぎることはないだろうと、妻と娘に遺書を書いてみることにしました。

すると、書いている自分にめちゃめちゃ突き刺さった。最初は、遺書って人のために書くものだと思っていたのが、実は自分のためになっていることに気づきました。死ぬ気になったつもりで書いた文章で、自分がこう生きたいとか、こういうことをしたいとか、まだ達成できていないけれどこんなことにチャレンジしたいということが明確になったんです。遺書って面白いものだなと思い、研究したい、深く掘り下げていきたいと思うようになりました。

——研究論文の中で、一般の方々に実際に遺書を書いてもらうという検証をなさっています。その多くが、書くことで自分自身の気づきになったという感想を述べられていましたね。

書いてもらう前に、遺書はどんなイメージかということを5つのキーワードで答えてもらいました。すると、「遺産、財産」「死、自殺」「暗い、怖い」などネガティブな言葉が多く挙がりました。ところが遺書を書いてもらった後に同じことを聞いたところ、「感謝」「未来、希望」「生き方、心の整理」などのポジティブな単語が大きく増加したんです。それがすごく印象的でしたね。僕が考えていた仮説がある程度、正しいのではないかと思えるようになりました。

この世から心のこりをなくすためには

——田村さんは遺書動画サービスアプリ「ITAKOTO」を立ち上げ、運営されています。この企業理念として「この世から、心のこりをなくしたい」と掲げていますが、心残りをなくすために、親と普段どのようにつきあっていけば良いと思いますか。

まずは、自分自身とちゃんと向き合わないといけないと思います。死について話すのは嫌だなとか、面倒くさいなと、全部、未来に先送りしちゃうと、それが心のこりにつながる。その一歩が踏み出せない人が、心のこりが多い人のような気がしますね。

僕は、今感じたことや思ったことをすぐに伝えるという正直な生き方に切り替えました。母ちゃんがちゃんとメッセージを残してくれたことで、この人、心のこりが少なそうだなと思ったからです。「唯一の心のこりは父ちゃんを1人で残すことだけど、ありがたいことに死の準備ができる病気だったから、かかったことは不運ではあったけれど、不幸ではない」と言っていました。それが僕の中にすごく残っています。

彼女は彼女なりに、自分が心のこりをなくすために僕とどうやって向き合うか、弟とどうやって向き合うか、生きている間に父ちゃんとどんなメッセージを交わすかということを考えていた。死んだ後の葬儀のやり方なども全部自分で決めていたんです。自分ができることを全部やってからあの世に行ったので、すごく立派な死に様だったなと僕たちも思うことができました。

生前整理は誰にでもできる家族への愛の形

——お母様がそこまでできたのは、なぜだったと思われますか。

ちゃんと家族のことを愛しているからだと思いました。母のようにきちんと整理をしない人は家族を愛していないとは言いませんが、死んだ後、肉体も精神も何もなくなった状況で、 いくら言葉で愛してると思っても、もうそれは伝わらない。彼女はきちんと言葉や行動で僕たちに愛を伝えてくれました。

本当に、何にも残していなかったんです。下着1枚すら残っていませんでした。思い出の品も何もかもなくなっていたので、いなくなった後に「これは母ちゃんが大切にしてた物だっけ」と僕たちが悩みながら遺品を整理するような煩わしいことも一切ありませんでした。

僕が一番感動したのは、私は花粉が嫌いだから棺の中に花を入れないでほしい、その代わり、葬儀に来た人に、母ちゃんの小っちゃい頃からの写真を棺に入れていってほしいと言われていたことです。

彼女は今まで撮ったお気に入りの写真を、アルバムの中から抜き出してまとめていました。父ちゃんと出会った時の写真とか、長男の僕が生まれた時、弟が生まれた時、家族で旅行した時の写真を棺の中に次々に入れていきました。

最後に、まだ母ちゃんが元気な頃に、父ちゃんと母ちゃん、弟と僕の家族4人で天ぷら屋でご飯を食べた時に撮った写真を父ちゃんが入れました。すべての写真をデータにして父ちゃんが保管してくれていますが、母ちゃんが生まれてからの写真を家族で棺に入れたことは、演出的にもすごく良かったし、写真をすべて焼いて終わりにしてしまうというのは、アルバムを残されたら僕らがしんどいだろうな、という彼女の気持ちでもあったと思います。

——なかなかそうできる人が少ないのは、やはり子も親も死については考えたくないということが要因だと思われますか。

僕は、あんまり母ちゃんが特別だとは思っていないんです。彼女がすごいからやれたことでもないし、誰でもできることをやっただけだと思っています。こういう死に方をしたいという意志を持っている人は、自分がちゃんと一歩踏み出せば実現できる。母ちゃんは一般の主婦でしたが、家族のことを考えて、残しておくべきものと、残さない方がいいものをきちんと自分で分けていた。それだけの話だと思っています。

死について話すのは怖いし面倒だし、今は考えたくないから何か起きた時でいいかと考える人は多いと思います。でも、何か起きた時には、実はもう考えることはできないんです。僕は、母ちゃんががんになってから初めて延命治療をしないで欲しいと言われても、きっと迷っていたと思いますが、 彼女は20年以上前から僕たちにそれを伝え続けてきたので迷うことはありませんでした。メッセージを家族で共有することが大切なのだと思います。

残される人に気持ちを伝える「遺書動画」

——お母様の死、娘さんの誕生と、様々な生と死と向き合われる中で、大学院での研究を経て遺書動画サービスアプリ「ITAKOTO」を立ち上げ、運営されています。どのような思いが込められていますか。

サービスを立ち上げたもともとのきっかけは、とあるテレビ番組で青森県・恐山のイタコを取り上げていたのを見たことです。数年前に自宅でひとり死を迎えた著名な女優の弟さんが、お姉ちゃんと話したいと言ってイタコのところに行くんですね。

僕は科学的根拠がないものは信じたくないので、初めはすごく懐疑的に見ていました。すると、イタコが女優さんを降ろして口から彼女の言葉を伝えると、弟さんが泣いて感謝を述べ、ほっとしたとおっしゃったんです。その弟さんの表情を見た時に、亡くなった方の言葉を聞いて救われる人がいるんだ、とすごく興味を持ちました。自分が旅立つ前に、残される人に気持ちを伝えておくことが大切なんじゃないか、それをテクノロジーで実現できるのではないかと思ったのです。

「田村さんが創業した遺書動画アプリの運営を手がける「itakoto」のサイト(https://itakoto.co.jp/)。
サイト内では、相方の亮さんが実際にITAKOTOを使って、自身の家族や淳さんに向けて遺書を撮っている様子を撮影した動画も公開している。
田村さんが創業した遺書動画アプリの運営を手がける「itakoto」のサイト(https://itakoto.co.jp/)。 サイト内では、相方の亮さんが実際にITAKOTOを使って、自身の家族や淳さんに向けて遺書を撮っている様子を撮影した動画も公開している

今「ITAKOTO」はアプリで1分間の動画を撮ることができるだけなのですが、これで本当の遺書を作るというよりも、残される人へのメッセージだと思っていただければ良いと思います。また、自分が死についてどう考えているか、 残される家族や友人達についてどんな気持ちを持っているかを確かめる「内観」の方法としても使ってほしい。自分を見つめ直さない限りはちゃんとした遺書は書けないので、 その練習のような形で、フリースタイルで気軽にやってみてほしいですね。一度死んだつもりになれますので。

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遺書は何度作り直してもいい

——なぜ書くのではなく動画で遺書を残すという発想に至られたのでしょうか。

その方が情報量が圧倒的に多いと思うことがあったからです。まだ遺書動画アプリのサービスの形を考えている時でしたが、既にがんにかかっていた母ちゃんに遺書動画を試しに送ってくれるようにお願いしたことがありました。そしてその時に送られてきた動画が、僕が思いもよらぬ内容のものでした。

それは、母ちゃんが実家でフラフープを回している姿を背中越しに父ちゃんが撮っている動画でした。なぜフラフープ? と最初は驚いたのですが、かしこまった状態じゃない、普段の母ちゃんの声が残っているのがいいなと思いました。

背景に映っている実家のふすまは、空気の入れ替えをしているから閉めるなとよく言われていたな、と思い出したりもしました。また、父ちゃんはクレーンの運転手だったんですが、管理職になって、好きなクレーンの運転がしたいのにできなくなってしまった。そこで代わりに自分で作ったプラモデルを操縦したりしていたのですが、そのクレーンが画面に映っていたりとか。

なかなか言葉だけでは伝えきれない、視覚的に思い出を蘇らせてくれるものが、動画にはたくさん映るんですよね。かしこまって「私があなたたちに伝えたいのはこういうことです」みたいな動画が送られてくることを想像していましたが、それをはるかに超えてきたので、面白いなと思いました。一本の動画に、母ちゃんの思惑がいろいろと張り巡らされているんですよ。何よりも、母ちゃんが一番心のこりだった父ちゃんを登場させているので、 僕は今でもこの遺書動画を見る度に、実家に電話しています。

もう一つ、遺書って、一度書いたら終わりというイメージがありますけれど、そういうものじゃないと思うんです。何度書き直してもいいし、動画なら撮り直してもいい。僕は12月4日が誕生日で、その時に妻と娘達に遺書動画を撮っているのですが、毎年、自分の誕生日に作り直すつもりでいます。その時によって伝えたいことも変わっていくと思いますから。

親と「その日」について話し合っておくには

——今後「ITAKOTO」はどのように発展していくご予定でしょうか。

現在、信州大学の先生方と一緒に、まだ遺書の共同研究を続けています。遺書を書くと、書いた本人にこんな効果があるというデータが揃ってくると、サービスとしてもっと充実させていけますので、頑張っているところです。

僕が立てた仮説は、この先を生きるうえでのモチベーションの変化があるかないか、くらいだったんですけど、そのモチベーションの変化を具体的に数字で検証し、また、遺書を書く前と書いた後で行動にどのような変化があるか、ということを研究している最中です。今の段階では、僕が立てた仮説はちゃんとデータと紐づいていきそうなので、2023年にはもっと多くの方に検証のお手伝いをしてもらいたいなと思っています。

——親と「その日」について話すことができないという人が、とても多いと思います。そんな方々にアドバイスをいただけますでしょうか。

やろうと思っていたのにやれなかった、言おうと思っていたのに言わなかった、ということが心のこりにつながります。僕はその心残りを少しでも減らすために「ITAKOTO」のようなサービスを作るなどの活動をしていますが、家族の間で、誰かが死んだ後どうするかと話すのは、みなさんすごく苦手なのもわかります。

本来は、死について話すことは悪いことじゃなく、むしろ良いことしかないんですけれどね。家族の誰かが死ぬということはいつか必ず起こります。田村家の母ちゃんのようにポップに準備できる死なのか、何もできず突然に死んじゃうのかはわからないですけど。

親にどう死にたいかと聞くのは確かにハードルが高い。最近、友達にも親にどう話したらしたらいいだろうと聞かれることがあるのですが、僕は「これからどう生きたい?」と聞くのが一番いいよと言っています。これは前向きな質問ですよね。

そうしたら、私はこんなことをして生きて、こういう風に死んでいきたいと、話の中に自然に死が出てくるはずです。死を連想させるのではなく、「生きる」ということに対してポジティブな質問をすれば、自然に話ができるようになるんじゃないかと思っています。

田村淳さん(タレント)
1973年12月4日生まれ、山口県出身。1993年、ロンドンブーツ1号2号結成。コンビとして活躍する一方、個人でもバラエティー番組に加え、経済・情報番組など多ジャンルの番組に出演。300万人超のフォロワーがいるTwitter、YouTube「田村淳のアーシーch」の開設、オンラインコミュニティ「田村淳の大人の小学校」を立ち上げるなど、デジタルでの活動も積極的に展開。2019年4月に慶応義塾大学大学院メディアデザイン研究科に入学。2021年3月修了。タレントの枠を超えて活躍の場を広げている。

「母ちゃんのフラフープ」 田村淳
(ブックマン社、定価1540円)
がんと告知されて「手術はもうしない」と延命治療をのぞまなかった母ちゃん。72歳で亡くなった田村淳の最愛の母・久仁子(くにこ)と過ごした最期の日々を渾身の思いで綴ったノンフィクション。死とは、生きることとは……著者の死生観が色濃く反映された一冊。

(記事は2023年1月1日現在の情報に基づきます)

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